第32回モスクワマラソンとバルト三国の旅 武藤 翔峰 平成24年10月1日
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9月19日(水) 晴れ 9月20日(木) 晴れ 9月21日(金) 晴れ 9月22日(土) 晴れ 9月23日(日) 晴れ 9月24日(月) 晴れ |
朝は6路半に起き朝食の後、8路過ぎにホステルを出てネフスキー大通りをぶらぶらする。10時半まで宮殿広場で撮影しその後10時半からエルミタージュ美術館に入る。何しろ広くて飾ってある絵も多く大変である。約3時間以上、特にレオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロ、カラヴァッジオ、ルーベンス、レンブラント、ゴヤ、ゴッホ、ルノアール、ゴーギャンなどの名画をじっくり鑑賞する。その後ホットドッグを食べ、命の救世主教会まで行き写真を撮る。荷物を道路におろし、三脚を立て夢中で何枚も撮影する。途中、ふっと気がついてバッグのある道路を見ると、何と!バッグが無い!何かの間違いではないのか、夢を見ているのではないのか・・・・・そんなことも思いながら周囲をぐるぐる回りながら懸命に探す。しかし、置いていたはずのバッグがやはり無い。これは大変なことになった。やっとバッグを盗まれたという現実に気がつく。バッグの中には財布(17,000円あまり)や小銭入れ、デジタルカメラなど小物や貴重品、クレジットカードが入っている。兎に角すぐにクレジットカードを止めなければならない。盗まれたのは14:00ころ、ホステルに戻り自宅に電話しすぐにクレジットカードを止めた。 折返し電話がありすでに2回使われているからカード会社に電話せよとの伝言だったが、電話は繋がらず詳しいことは聞けなかった。海外でクレジットカードを使うときは必ず暗証番号の入力を求められるので、盗んだ人はクレジットカードを使えないのではないかと思っていたがこれは甘い考えであった。帰国後成田空港でカード会社から携帯に電話があり 既に17万円近くが使われていることが分かった。暗証番号を入力しなくてもクレジットカードは使うことができるとのこと、幸いなことにこの楽天カクレジットードには盗難保険が付いており、今回の被害は盗難保険で実害は生じなかった。 ホステルのフロントに相談しすぐ警察に被害届を出すべく、近所の派出所に行ったがそこは閉まっていて明日本署の方に出向いて被害届を出すことにした。 今回の旅では、すでにこれまで4回も失敗を繰り返してきた。1回目は日本からの持ってくる荷物で三脚のアタッチメントとAC変換プラグを忘れたこと、2回目は赤の広場で撮影中、バッグを道路上に置き忘れたこと(警察官が知らせてくれて事なきを得た)、3回目はウエストバッグをユースホステルに忘れてきたこと、4回目はラトヴィア、リーガのホステルにバッテリーの充電器とAC変換プラグを忘れたことに続く5回目の大失敗だ。明日警察署に届けて被害届を書いてもらい帰国後、クレジットカードの盗難保険と海外旅行保険の携行品損害の請求をしよう。 盗まれたのが現金1万円ほどとデジタルカメラなど小物や貴重品、クレジットカードなどで、不幸中の幸いでパスポートは無事だった。もしパスポートも盗まれていたらと思うとぞっとするが、明後日には帰国なので多少は落ち着く。 夕食はカレーと鶏肉、サラダ、ビールで済まし、パソコンでデーター整理して寝る。 |
朝6時半に起床、日記をまとめ朝食を食べる。フロントで警察署の詳しい情報を聞き、地図で行き方を教えてもらった。ミニバスK187で警察署の近くに行き、そこから歩いて警察署に着く。警察署での外国人の被害届のシステムは、英語の通訳に予約を取り、通訳を介して被害届を出すシステムだ。通訳は今忙しく午後2時の予約が取れた。それまで時間が出来たので地下鉄を乗り継いでペトロパヴロフスク要塞に行くことにした。ペトロパヴロフスク要塞(ロシア語:Петропа?вловская
кре?постьピトラパーヴラフスカヤ・クリェーパスチ)は、ロシア、サンクトペテルブルクの要塞である。名称は、ロシア語で「ペトロとパウロの要塞」という意味で、ペトロ・パウロ要塞、あるいはペトロ・パヴロ要塞とも表記される。 正式名称はサンクトペテルブルク要塞(Санкт-Петербургская крепостьサンクトピチルブールクスカヤ・クリェーパスチ)。1914年から1917年にかけては、都市の名称が「ペトログラード」であったため、要塞もペトログラード要塞(Петроградская крепостьピトラグラーツカヤ・クリェーパスチ)を称した。ペトロパヴロフスク聖堂の前で撮影しているうちに時間となり、昼食を食べながらまた警察署に戻る。通訳は50代くらいの親切そうな女性で被害のあらまし(盗難にあった品名リスト、場所、時間など)は英語で書いていたので、それに基づいて英語で詳しく説明、その後、警官の事務所に通訳と一緒に行き、今度は通訳がロシア語で詳しく説明していた。時々警察官から質問があったので通訳を介して答え、1時間半くらいで盗難証明書を発行してもらった。サンクトペテルブルクには事件が多いらしく大勢の被害者たちが盗難証明書の発行を求めて来ていた。それからホステルに戻り、スーパーマーケットで手羽先2つとサラダなど書い、サトーのライスと中華丼、ビールで夕食を済ます。明日はいよいよ日本へ帰る移動日なので荷物を整理し、今日も9時頃に寝る。 |
朝7時に起床、朝食を済ませ9時にチェックアウト、荷物を預けまずストロガノフ宮殿に向かう。300Pだったがあまり見るべきものはなかった。次にイサク聖堂に行く。ここは、血の上の救世主教会とともにサンクトペテルブルク最大の観光スポットとなっているだけに多くの良い写真が撮れた。世界遺産・イサク聖堂(聖イサク寺院)は、世界でも指折りの規模を誇る。建設に40年間も費やされたイサク聖堂。高さ101メートルと世界の教会群の中でも最大級に大きく、金色のドームは遠くからでも輝いてみる。1858年に、帝政のシンボルとして建設された大聖堂。横幅約98m、高さ約100m、奥行き約112m。収容人数は、なんと1万4000人の大規模な聖堂。その圧倒的な規模だけではなく、かけた年数も世界基準。40年もの歳月を経て、やっと完成したそうだ!
建設当時はアレクサンドル1世、建設中の30年間が、ニコライ1世、そして一番オイシくて達成感の味わえたであろう完成時の皇帝がアレクサンドル2世とこの建築に携わった皇帝は3人! イサク聖堂は、世界四大美術館のひとつ・エルミタージュ美術館や、血の上の救世主教会(スパース・ナ・クラヴィー教会)とともに、サンクト・ペテルブルク最大の人気観光スポットのひとつに数えられている。イサク聖堂内部の芸術品、カルル・ブリュロフ作「聖母マリアの栄誉」や、ステンドグラス「キリストの復活」、エルミタージュ美術館内のレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ティツィアーノとレンブラントによる「ダナエ」の競演なども、一見の価値大。イサク聖堂の入場料は250p、上への塔の入場料は150p、ここでも写真を撮り、ロシアの女の子とツーショット、スリーショットの写真を撮った。2時半ころ水上バスにも乗りサンクトペテルブルクの運河を1時間遊覧した。これでサンクトペテルブルクでの観光を終了し空港へ向かうことにする。5時前にマクドナルドでダブルサンドを買いホステルで荷物をピックアップして空港へ向かう。まず地下鉄ウラジミール駅から二つ目のチェフノロギー・インスティチュート駅で乗り換えモスコフスカヤ駅で降りる。そこでバス39に乗り換え空港に向かう。6時半ころ着いたが9時からチェックインという。2時間半あるのでパソコンを開きWi-Fiiにアクセスすると接続できたので、JogNoteや雲峰さんの掲示板に投稿する。空港は出稼ぎの人々で一杯だ。サンクトペテルブルクの治安の悪さもよくわかる。23時のモスクワ行きに乗りモスクワに向かう。 |
搭乗機は予定痛り、朝10時過ぎに成田に到着、入国審査や税関審査などこなし、成田駅から東京駅経由新幹線で無事岐阜羽島駅に着き歩いて自宅まで帰った。本当に長い22日間であった。 今回の旅では、 ・1回目、日本からの持ってくる荷物で三脚のアタッチメントとAC変換プラグを忘れたこと、 ・2回目、赤の広場で撮影中、バッグを道路上に置き忘れたこと(警察官が知らせてくれて事なきを得た)、 ・3回目、ウエストバッグをユースホステルに忘れてきたこと、 ・4回目、ラトヴィア、リーガのホステルにバッテリーの充電器とAC変換プラグを忘れたこと、 ・5回目、サンクトペテルブルクで置き引きにあいバッグを盗まれ、現金、クレジットカード(17万円の不正使用)、ヂジタルカメラなど貴重品を盗まれたこと の5回もの失敗を繰り返してしまった。 しかし、ノーベル賞受賞の山中博士も「9回失敗しないと1回の成功はやってこない。」と言っていたように、私はこの失敗を糧にして海外の安全で楽しい旅のノウハウを構築していくようにしたい。 今回の失敗で特に気がついた点を挙げる。 翔峰エコツアー八策 1、クレジットカードは盗難保険付きのカードを持参する。 2、現金はその日使う分だけ持ち歩き、余分なお金や余分なクレジットカードは持ち歩かない。 3、背負っているバッグは絶対に下に下ろさず常に身につけておく。日本人を見張って目をつけている泥棒は必ずいる。日本の ように安全で治安が良い環境とは違うことを自覚する。 4、パスポート、現金、クレジットカード、航空券、携帯電話は肌身離さず身につけておく。 5、万一盗難にあったときは、警察に届けて被害証明書の交付を受ける。後日海外旅行保険の請求の時に必要となる。 6、物忘れは必ずあると自覚し、移動の際、忘れ物の点検は必ず行う。 7、命とパスポートさえ取られなければあとは何とかなる。万一の時は落ち着いて後のことを考えよう。 8、ユースホステルに泊まり、スーパーで買った地元の惣菜で自炊、移動は全て公共交通機関とする。 特に、スーパーマーケットで地元の惣菜を買って自炊すれば安くて美味しい料理を食べることができる。また、地下鉄やバス、列車などの公共の交通機関を乗りこなすことができ、自由気ままな楽しい旅を続けられることを経験した。 これからも自由で気ままな楽しい個人旅行のノウハウをみなさんにお伝えしていきたい。 今回の費用 航空券:118,180円 マルチビザ費用:12,600円 ユースホステル代 18泊:32,637円(1泊1,813円) 日本での支払い(新幹線、高速バス):17,430円 列車、バルト三国バス代:18,020円 その他(毎日の食費、アルコール、入場券など):38,224円 合計:237,091円(盗難にあった17,000円程も含む)。実質220,091円、(1日当り10,000円) 参考 フル百パッケージツアー(4泊6日) 378,540円、(1日当り63,090円) これからの予定 残念ながら12月に予定していた上海マラソンと中国一人旅は反日デモ、暴動で危険が予想されるためキャンセルした。 2013年5月は、ボルネオ島、コタキナバルの赤道マラソンを、400回完走記念マラソンとして走る。 2013年11月には、トルコイスタンブールマラソンを走友たちと一緒に走ります。 |