中国・万里の長城マラソンと中国の旅 武藤 翔峰 平成27年5月20日
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5月04日(月) 晴れ 5月05日(火) 晴れ 時々曇り 5月06日(水) 晴れ 5月07日(木) 晴れ 5月08日(金) 晴れ 5月09日(土) 晴れ |
今日は北京から西安に空路移動する日、7時にホテルの朝食をとり地下鉄駅まで移動したが、ホテルのサポーターが重いスーツケースを引いて駅まで運んでくれ、階段を下るのも下ろしてくれた。地下鉄では、職員がスーツケースの運搬と乗り換えの案内をしてくれ大変助かった。乗り換えた駅、西直門では前の駅から連絡があったとみえ、職員が降車車両の前で待機してくれており、スムーズに効率よく北京空港まで地下鉄で移動できた。皆さんに感謝しなければならず、北京の人たちの日本人に対する親切な 対応がよく分かった。 反日感情とか歴史問題とか言われているが、それは政治家レベルだけの話で庶民レベルでは、日中友好がドンドン進んでおり、政治家も庶民を見習うべきであろうと思う。 とは言え、この6日間、中国の地元の人たちの日常生活をまじかに見て、直接触れ合ってきた経験から言うと、親切なことに驚いたが、反面、中国の人たちの嫌な面も多く見てきた。... 中国の一部の人たちを一口で言うと、他人への迷惑や人が嫌がることも平気で行う、自分のことだけを考えて行動する人が一部いることがよく分かった。 中国東方航空 MU2106 PEK 北京空港 ターミナル2 10:55 ⇒ XIY 西安咸陽国際空港 ターミナル3 12:55 ⇒ リムジンバス 西安駅 西安隴海大酒店(LONG HAI HOTEL) 15:00 バス降りたところがホテル ホテルはエアーポートバスを降りたLONG HAI HOTEL(西安隴海大酒店) 、3泊で564元(1泊3600円)で立派な良いホテルだった。 時間があったので、明日の兵馬俑行きバスの下見も兼ね、西安の街を散策した。 |
今日は朝一番に兵馬俑に向かい、丸一日そこで過ごし、沢山の写真を写した。 秦の始皇帝を死後の世界で守るために副葬された、おびただしい数の素焼きの兵士像。この壮大で息をのむような世界遺産の姿である。 この兵馬俑(へいばよう)は1974年、陝西(せんせい)省の農夫により、全く偶然に発見されたものだ。今年75歳になるこの発見者は元気にサインに勤めていた。冒頭の写真が発見者ヤン・シファさんだ。 1974年の旧正月が終わって間もない3月。中国北西部ではその年、干ばつがひどく、ヤン・シファさんは同僚と共に、集団農地に水を引くための井戸を掘ることにした。... そして3日目の昼ごろ、鍬が、頭の取れた素焼き像の首の付け根のところに突き当たった。後に兵士像と分かるのだが、それにはぽっかりと穴が開いていて、壺のようだった。 だが、掘り進めると、両肩と胸部が現れた。これは窯跡ではなく、寺院跡ではないかと考えた。そしてついに、片足が切断され頭部の取れた実物大の兵士像が出現した。 これが今につながる今世紀最大の発見となる兵馬俑だった。 西安からは7元(140円)の路線バスで1時間ほどかかり、入場券は博物館と始皇帝陵の共通で150元だった。 |
今日は西安でのんびり一日過ごした。 西安は中国の歴史上最も多くの王朝の都となった都城。中国文明の発祥地として、「世界四大文明古都」(西安、ローマ、カイロ、アテネ)の一つと認められている。 城門(古城壁)や、鐘鼓楼 陝西歴史博物館 、大雁塔に行く。 大雁塔... 城門(古城壁) 鐘鼓楼 陝西歴史博物館 |
朝5時に起き、朝食もとらずキーのデポジット100元を返却してもらった後、チェックアウトしホテルを出てすぐ前のエアポートバスの列に並ぶ。6時に出発し西安第3ターミナルに7時に着く。荷物はお土産など増えて23kgになっていた。チェックインの後H18ゲートに向かいパソコンチェックした。 中国東方航空 MU2151 XIY 西安咸陽国際空港 ターミナル3 9:00 ⇒ PVG 上海虹橋国際空港 ターミナル1 10:15 虹橋国際空港着のためリニアカーには乗れず地下鉄でユースホステルに向かう。 上海福州路外?老船?青年旅舍 Shanghai Captain Youth Hostel(Fu Zhou Rd. The Bund) 上海市福州路37号 早目についたので、近所や南京東路などを散策し土地勘を鍛える。 明日の2階建て市内観光バスのキップ売り場もチェックした。 夕食は、隣のファミリーマートの弁当とビールを買う。 |
今日は上海の2階建て市内観光バス(乗り降り自由:100元、2000円)に乗って市内を観光する。自分の好きなところで降り、乗るシステム。レッド、ブルー、グリーンの3種類がある。上海7大スポット 南京路、外灘(がいたん)、豫園(よえん)、東台路、新天地、博物館、田子坊(でんしぼう)を回る。 最初にレッドラインに乗り、外灘(がいたん)と呼ばれるところでグリーンバスに乗り換え、外灘(がいたん)を観光した。大きな近代的なビルの立ち並ぶ一大ビジネス街だ。その後レッドラインに乗り換え、豫園(よえん)で下車して写真を写す。その後グリーンラインに乗り換え静安寺、王仏寺を見学、撮影した。夕食はショーロンポーと米粉ラーメンを食べる。 |
朝5時に起き出発の準備をして6時過ぎにYHを出る。地下鉄2号線南京東路駅より人民広場場駅で1号線に乗り換え30分ほどで上海駅に着く。上海列車の紙チケットの受け取り方法
は、「列車の発券電子番号」+「ご利用者のパスポートコピー」を一緒に駅の売場の窓口に提示して、紙の列車チケットを受け取る。パスポートはコピーでOK,3枚とも交換したが手数料はかからなかった。英語は通じないが、コミュニケーションはメモ帳に書いた漢字のやり取りで通じた。 上海駅 08:05 G7268 39.5/59.5元 蘇州駅 08:37 12時ころ蘇州駅出発 無錫へ G7244 蘇州 12:38 - 無錫 12:53、無錫 16:52 G7067 59.5/94.5元 ⇒ 上海 17:51 まだ時間があったので朝食のサンドイッチとコーヒー(8元)を食べる。列車は新幹線和諧号、300kmのスピードも出る。座席は一等だったのでデラックスでゆったりした豪華な列車の旅を満喫できた。 蘇州四大名園は、滄浪亭そうろうてい、獅子林ししりん、拙政園せっせいえん、留園りゅうえん この順番でタクシーで回ることにする。 タクシーは初乗り10元であと1元づつ増えて行き、ほとんど20元(400円)以下の安い料金だ。また、入園料の90元〜50元は、パスポートのコピーを見せると4ヶ所とも無料になった。外国人優遇処置のためかシニア割引のためか理由はわからなかった。 蘇州四大名園は、いずれも素晴らしい名園だった。 滄浪亭そうろうてい 2000年に世界文化遺産に登録された蘇州最古の庭園。約1000年の歴史を持つ古典園林で、蘇州四大名園の一つ。詩人・蘇舜臣が住んだといわれ、その後も多くの文人や詩人が水と山の融合した風景の美しさに感銘を受けている。起伏に富んだ園内を、ゆるやかな曲線を描きながら走る白壁の回廊沿いに、築山、竹林、楼閣などが点在。市街地の喧噪が嘘のような静かな園内を、ゆったりした気分で散策した。 獅子林ししりん 拙政園のすぐ南。蘇州四大庭園のひとつ。元代至正2年(1342)の高僧天如禅師惟則の弟子が禅師のために、ここに禅式の庭園を築造した。禅師はかつて浙江省の天目山の獅子崖で修行し、如来説法の仏典を「獅子吼」と称するところから、獅子林と名づけられた。 園内は花崗岩の奇石や太湖石が林立し、その太湖石を積み重ねて作った築山は迷路のような洞窟となっている。その妙を称え、獅子林は「築山王国」とも呼ばれている。 清の康煕、乾隆両皇帝は、南方巡回の際、数回にわたりここを訪れ、北京の円明園、承徳の避暑山荘には獅子林をまねて太湖石の築山を作らせたことから一躍天下に知られることになった。 拙政園せっせいえん 中国4大庭園の一つ。官界に失望した御史王献臣が故郷に戻り、明代正徳4年(1509)に唐時代文学者陸亀蒙の邸宅、元時代大弘寺だった旧址に庭園を建造した。園名は晋代の<閑居腑>の一節「拙(つたな)い者がまつりごとをするは悠々自適、閑居を楽しむことなり」から命名された。 庭園を設計したのは、明時代中国の画壇を一斉風靡した呉門画派のリーダー文徴明。敷地面積は約5万平方メートルで、蘇州で最大の庭園。 拙政園の特長は自然を取り込んだ伸びやかで優雅な風格を持つ、明代庭園の典型例庭園である点だ。 庭園は広々とした池を中心に東部、中部、西部の3部分からなり、南部に住居部があり、蘇州博物館となっている。 各庭園部はそれぞれに持ち味が異なり、東部は伸びやかで、野の乙女、中部は優雅にして艶やかな熟女、東部はひそやかでしとやかな淑女にたとえる向きもある。中でも中部の風景は優れ、青々とした水面には古木が、柳が、四季折々の花が映え、古式ゆかしい建物や橋が優雅さをかもし出す。西に遠く眼を移せば北寺塔が絶妙の借景となる。 留園りゅうえん 留園は蘇州城の西にあり、拙政園と並び中国四大庭園のひとつ。明代万歴年間に太朴寺少卿徐秦時の私家庭園の東園として建設された(西園は現在寺院)。 清代の嘉慶年代に改修、園主の劉恕名の姓にちなんで劉園、のちに留園と呼ばれるようになった。 敷地面積は約2ha。蘇州で2番目に大きい庭園。留園は蘇州にある各名園の長所を取り入れられており、東、中、西、北の4つの部分に分かれている。 東部は住居で重厚な建築が中心。中部は山水、西部は山林、北部は田園の趣を現している。それぞれの空間がたくみに組み合わされており、その配置の妙と華麗な庁堂が目を引く。また回廊を飾る「漏窓」と言われる透かし窓も見もの。一つとして同じデザインはなく、その一つ一つの窓から見える眺めも異なり、それぞれに完成された一副の絵画を見るようだ。 また紅楼夢の大観園が再現されている建物や、太湖石の名石冠雲峰、歴代の書道家の書が彫られ、留園法帖といわれている壁の石碑も貴重なもので一見に値する。蘇州 留園(世界遺産) 庭園内の各部屋で、琴、笙、楊琴、ニ胡等民族楽器の演奏がある。 次にG7244 蘇州 12:38 - 無錫 12:53に乗り無錫に着く。バス2元で鼈頭渚公園まで50分くらいかかった。公園の入園料は105元、時間的に入園は無理だったので、太湖のほとりを散策し、尾形大作の無錫旅情を熱唱した。帰りも無錫 16:52 G7067 59.5/94.5元 ⇒ 上海 17:51で無事上海に戻り、南京東路でしょうろんぽうと米粉ラーメンを食べ、明日の帰国に備えて準備を整えた。 上海の夜景は素晴らしかった。 無錫 琵琶湖の3倍の面積を持ち、江蘇省と浙江省にまたがる巨大湖「太湖」を無錫から眺めるならここへ。園内の遊覧船からは、地名の元となった「首が龍で体がカメの想像上の生き物」のような形に見える島「太湖仙島」が見渡せる。1980年代に作られたというちょっぴりチープな仏像群も見もの。 園内の山の上から広大な太湖を見渡せば心も広くなると言われている。遊覧船込みの入場料は105元。園内にはレストランなどもあるのでのんびり一日過ごすこともできる。 |
今予定通り、中国東方航空の便で名古屋に無事帰国した。 |